「風が強く吹いている」

風が強く吹いている

風が強く吹いている

三浦しをん直木賞受賞後第一作。構想6年の「箱根駅伝青春小説」。表紙絵がネタバレ満載なので買う前に凝視しないように気をつけて下さい。
正月に箱根駅伝を見てた作者が「あれっ、駅伝て○○小説に向いてるんじゃない?!」と閃いてその妄想をエッセイに書き綴っていたのはご同好の方なら記憶していることと思います。そして「それいける!いけるよしをん!(馴れ馴れしい)」と拳を握った方も多くいらっしゃることと思います。はいはいここにいます。それが時を経て「青春小説」として見事に昇華されました。「本気だったのか!」「○○じゃない!」「法慶大学はさすがにやめてよかったね」等々いろいろありますけど、あのね、素直に良い小説でした。読みながら、そして読み終わってとても清々しかったです。原案があれだったことは忘れて下さい。変な先入観は持たずに読んで下さい。「月魚」がダメだった人も「まほろ〜」がダメだった人も、読んでみて下さい。
この人の小説はわりと一作一作イメージが違うんだけど、今回のものは今までの作品すべての要素が詰まっているかな、と思いました。「リアル」さとか、青春モノとか、群像モノとか、若さ*1とか。そして三浦作品の中で一番まっすぐで素直な小説になったなあ、と思いました。その素直さに照れず書ききったことが、読後の清々しさの要因かもしれません。
原案はアホ設定でも許されるジャンルだったので「ありえない!」が多々含まれていたわけですが、一般小説にするために要所要所で現実味を帯びさせるようにしているのがとても伺えます。作者の真面目さがちゃんと見えます。でも根本の設定がまずとんでもないわけですよ。少人数で甲子園に行ったチームはありますが*2、実際1年未満の準備期間で素人同然の10人チームが箱根駅伝出場なんて「ありえない」んです。それこそ「マンガじゃないんだから」です。*3私も読みながら何度も「ありえないよなあ」「実際それはないよなあ」って思いました。でも、出てくる人たちの清々しさや真面目さが心地いいので、ま、それもいいかな、と思わされてしまうというか。それにこれ「実録!箱根駅伝出場」じゃないしね。
人物造形の記号っぽさは、実はそんなに気になりませんでした(気になる人もいると思うけど…)10人の個性を短い中で書き分ける(読者に認識させる)にはあれくらいでいいと思う。後半になるにつれて記号っぽさは必然的に抜けていったし。ただ「素人チームが10人で箱根を目指す」「極度の漫画フリークとか司法試験ストレート合格のメガネとか見分けつかない双子とか『現実離れ』ぎみの奇人変人」が許せない、鼻で笑っちゃう人には無理矢理お薦めしません。


しつこいようですが、素直ですがすがしい小説でした。感動にうち震えるとか魂を揺さぶられるとかそういうどぎついエネルギーはありません(これは技量と作風の問題ですが作品そのものの非にはならないと思います。この人の持ち味は淡々と、じわじわ静かに心を揺らす余韻を作るのがうまいとこだと思うので、今回はそのへん成功半分失敗半分*4)でも、ちょっと肌寒くなってきたこの季節に自分のペースで読むには最適な、いいお話でした。私は好きです。
ちなみに好きなキャラはムサです。神童や走とのシーンではうかつにもホロリときました。ホロリといえば王子が泣いたとこでもちょっとホロリでした。小心者だけどプライドが高いゆえに「誰かと一番仲良くなることができなかった」キングも、ああなんか気持ちわかるなあと思ってホロリでした。

*1:登場人物の、ではなく小説そのものの

*2:H13塚原青雲高校 17人で出場

*3:このへんはちょっと「おおきく振りかぶって」と似てる?と思ったけどあっちは超ファンタジー設定(三橋の制球力)を一個だけ据えて他はできるだけ「リアル」に徹してる形か

*4:成功:長距離走 失敗:スポーツの根本的で瞬間的な暑苦しさ